8月12日、その日私は、預けてある自転車にアクションカメラを取り付けた。そして「豊洲の新市場」目指し、江戸通りに出て、明治座前を抜け、蛎殻町を経て茅場町を通り抜けた。そこから永代橋を使って、隅田川を渡った。 永代町を通り、門前仲町の交差点から清澄通りに入り、越中島の東京海洋大学を抜けて月島、勝鬨橋を通って晴海通りから豊洲にたどり着いた。 門前仲町や越中島等の下町は、祭りの準備で神輿の準備に威を出していた。 豊洲からモノレールの下を通り、新豊洲を経て、豊洲市場前に出た。 その日、私の目的地は、11月7日に開業が予定されている「豊洲の新東京市場」の周囲がどんな様子なのか、見聞することであった。 着いてみると、そこは広大な未開発の土地といくつもの建設中の巨大な建物群であった。 馬鹿に幅広の道路が、晴海を経て、築地の市場まで伸びている。日本離れしたスケールの大きな景観であった。 「これはすごいな」とその規模の大きさに舌を巻いた。 小池都知事が「一度立ち止まって考える」と言っているが、この実情を見ると最早立ち止まっても、「中止させることは難しいのではないか」と思ってしまうほど、全てが始まってしまっていると感じた。 ある意味では、「ここから東京オリンピックへの準備が始まっている」と言ってもよい程の状況であった。 奥に見えるのが新橋・汐留のビル群で、新市場前から新虎通りに直結し、新宿まで一直線につながると思われる道路の開発に熱が籠っていた。 新東京市場周辺の開発に度肝を抜かれたまま、豊洲に引き返し、帰路に就いた。 帰りは豊洲から越中島に抜け、近回りをし、人形町を経て、出発地まで約30分で戻った。意外に近いと感じた。