ワールドベースボール・クラシック(WBC)では、日本が野球王国の米国を倒して優勝したこともあって、大きく沸いている。しかし、その陰で、キューバから亡命して目下メジャーリーグ・ベースボール(MLB、1903年発足)傘下のチームで活躍する複数の選手が、悲哀を感じている。何故なら、主催者のMLB機構から初めて、母国のキューバ代表として参加することを認められてハッスルプレーを演じたものの、必ずしも米国在住の亡命キューバ人から歓迎されなかったからである。
3月21日付
『AP通信』は、「キューバ・ベースボール・チーム、亡命キューバ人から支持も怒りもあって悲喜こもごも」として、WBCのキューバ代表として戦った亡命キューバ人のMLB選手が、リトル・ハバナ(注1後記)の住民から、支持もあれば怒りの声も浴びせられたと報じている。
3月19日、WBCの準決勝、米国対キューバ戦が行われたマイアミのローンデポ・パーク(注2後記)の周辺では、キューバ政府に抗議するデモが行われた。
そのうち、3人が試合中に球場内に乱入したため、一時試合が中断されたが、すぐに排除されている。
彼らは口々に、2021年デモ(注3後記)の際に逮捕されて依然投獄されている“数百人の仲間の釈放”を訴えた。
抗議活動に参加した人々の多くは、フィデル・カストロ議長(1926~2016年、1976~2008年在任)の独裁体制を嫌って米国に亡命してきていた。
1969年に亡命した男性(68歳)は、“独裁国家を代表して戦う野球チームには、来て欲しくなかった”と吐露している。
キューバ・チームのアルマンド・ヨンソン監督は、“試合中の活動家らの抗議行動に気を奪われることなく、試合に集中した”とコメントした。
記者団から、キューバ亡命者で現在MLB所属の多くの選手がキューバ代表にならなかったことについての感想を問われると、“余り良い気がしないが、彼らには彼らの考えがある”とした上で、“集まってくれた代表選手で、最善を尽くすだけだ”と付言している。
今回、キューバ代表に名乗りを上げたのは、MLBアメリカンリーグ中地区所属のシカゴ・ホワイトソックス三塁手のヨアン・モンカダ選手(27歳)及び中堅手のルイス・ロバーツ選手(25歳)らだが、彼らがグランドに登場するとブーイングを浴びせられた。
彼らを非難する1人で1996年に亡命してきた女性は、キューバ現政権の支持者らから卵や石を投げられていたが、“独裁政権を嫌って亡命し、今や米国で(MLB選手という)地位を得ているのに、キューバ代表として参加することが嘆かわしい”とし、“救済してくれた米国を嘲笑する行為だ”と批判した。
これに対して、キューバ・チームの主将を務めたアルフレド・デスパイネ選手(36歳、元日本プロ野球チーム所属)は、9年に及ぶ日本でのプレーの経験から、“贔屓のチームと敵方を応援する人といろいろいる”とし、“それが野球のおもしろさで、今回キューバを応援する人やブーイングを浴びせる人がいても自然のことであり、自分たちはプレーに注力するだけだ”と気にしないそぶりを見せている。
一方、MLBアメリカンリーグ東地区所属のタンパベイ・レイズ左翼手のランディ・アロンサレーナ選手(28歳、2015年に亡命)は、20代初めにメキシコで再起を図ったこともあって、今回のWBCにはメキシコ代表で出場している。
同選手は、“メキシコが自分と母を温かく迎え入れてくれたこともあり、メキシコは特別な存在だ”とコメントした。
なお、3月19日の抗議活動の指導者(68歳、1968年に亡命)は、“自分たちは皆キューバ・チームを応援したいが、米国代表に加わっているキューバ選手もいる”とし、“問題は複雑で、単なるスポーツ競技ではなく、政治が関わってこのような事態となっている”と吐露している。
(注1)リトル・ハバナ:フロリダ州マイアミ市街にある亡命キューバ人や中南米移住者が多く暮らす地区。1960年代に発展してきていて、現在は人口約10万人。キューバ首都のハバナから命名されている(ロサンゼルスのリトル東京のような土地)。
(注2)ローンデポ・パーク:マイアミのリトル・ハバナ地区内にある2012年開場の野球場。MLBナショナルリーグ東地区所属のマイアミ・マーリンズの本拠地。
(注3)2021年デモ:経済的崩壊、食料や医薬品の不足、物価上昇のほか、政府の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)への対応に憤って行われた、数千人規模の抗議活動。社会主義のキューバでのデモの発生は異例で、当局は徹底的な取り締まりを実施。
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