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2017/07/18
日本テレビ 【NNNストレイトニュース】
福島・只見町では全世帯に避難指示



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07/23(日)
(NHK総合・東京[目撃!にっぽん])
福島・飯舘村・避難解除から100日・蕨平地区の自宅
この春、福島県飯舘村の大部分で避難指示が解除された。
5月下旬、蕨平地区出身の佐藤忠男が自宅に行き、庭にヤマボウシの苗を植えた。
忠男の息子・匠のコメント。
語り:中村倫也。
07/23(日)
(NHK総合・東京[目撃!にっぽん])
福島・飯舘村・避難解除から100日・比曽地区の田んぼ
この春、福島県飯舘村の大部分で避難指示が解除された。
比曽地区に帰還した人は少なかった。
比曽地区出身の菅野千代子・75歳は、2週間に1回、避難先から自宅に通って、掃除を続けている。
千代子の田んぼには現在、除染で出た廃棄物が積まれたままになっている。
千代子の息子・秀一は、原発事故の翌年から、比曽地区の区長を務めている。
5月下旬の様子。
秀一達は、比曽地区の田んぼの水路の点検をした。
この水路は、かつて、90軒の農家が力を合わせて管理してきたが、現在は、人手が集まらず、荒れ果てたままになっている。
語り:中村倫也。
07/23(日)
(NHK総合・東京[目撃!にっぽん])
福島・飯舘村・避難解除から100日・蕨平地区
この春、福島県飯舘村の大部分で避難指示が解除された。
かつて和牛を育てていた佐藤忠男・62歳は、4月下旬に、避難解除後初めて、故郷の蕨平地区に行った。
ここは、帰還困難区域と隣り合う地域。
忠男の自宅は4度、除染が行われた。
現在の放射線量は、解除の基準は下回っているものの、東京の平均の放射線量の50倍以上。
忠男は、蕨平に帰ることを断念し、避難先の福島市に自宅を再建した。
高校3年生の息子・匠に、今年、小学1年生の頃の匠が「10年後の自分」に宛てて書いた手紙が届いた。
忠男は、事故後、一度も子供達を蕨平の自宅に連れて行っていない。
忠男の両親は、終戦直後に蕨平に入植し、山を切り開き、良質な和牛を育てて、暮らしを立ててきた。
原発事故後、2人は、避難先で体調が悪化し、5年前に父が、今年春には母が、避難先で亡くなった。
生前、2人は忠男に「故郷の土地を守ってほしい」と、繰り返し話していた。
語り:中村倫也。

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