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2018年07月17日(火)
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首相・股間接痛め・あすの広島視察取りやめ
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あれから広島には一度も戻っていない。戻りたくないという。 「復興した広島を見ると、自分の見てきたものがうそになるような気がするから」 1945年8月6日朝。札幌市の服部十郎さんは、通信兵を養成する通信補充隊の一員として広島市にいた。当時16歳。徹夜の警戒後、市中心部に近い標高70メートルほどの比治山にある兵舎で眠っていた。 午前8時15分、震動で壁にたたきつけられた。目を開けると、天井が落ちて空が見えている。壁は壊れ、窓ガラスが散乱。土煙が上がっていた。 柱をかいくぐり、外へ出た。爆弾が落ちた跡を探すが、そんな穴はない。一体何が起きたのか。警戒にあたっていた兵隊があちこちに倒れている。間もなく、山のふもとから血の色か土の色かわからないような色をした無数の集団が、うめき声とともにやってきた。 「兵隊さん水を下さい」 「助けて下さい」 「お父さん、お母さん」 やけどの痛さをこらえるためか、腕を空中に漂わせ、その腕から焼けた皮膚がぶら下がっている。ほとんどが半裸。焼け焦げて、髪はちぢれている。目玉が飛び出た人、腕が折れた人……。みんな表情がない。 中隊長から、これらの人に水を与える任務を命ぜられた。比治山からふもとまで走った。水道管は破裂しており、やっとくめたのは濁った泥水。途中で戸板に乗せられて横たわる女性に出会った。そばに赤ん坊が見える。へその緒が付いている。女性はその子を抱こうと腕を動かす。届かない。赤ん坊は必死に泣く。何もできなかった。 「ごめんなさい」 その場を走り去った。ぼろぼろと涙が出てきた。 汚れた水をくみに往復するたびにその母子のそばを通る。2度目に見た時、女性は手を動かしていたが、赤ん坊はもう泣いていなかった。3度目には、女性も動かなくなっていた。 「心が鬼になっていた。もう涙が出なかった」 夜、うめき声の集団の1人に手を差し伸べられた。 「兵隊さん、よかったね。ぼくたちみたいにならなくて……」 翌日も、翌々日も、暑い日だった。顔を背けたくなるような臭いが漂う。遺体が腐敗しているのだ。火事のような臭いも。あちこちで遺体が焼かれている。 「衣服や体についたにおいは洗えば取れる。しかし、心に染みついたにおいは一生取れない」 比治山は爆心地から2キロに満たない。下痢が続いた。10月に故郷の福島県二本松市に戻った後も発熱とだるさが治まらなかった。 通信兵の技術を生かして無線通信の仕事に就き、宮城県石巻市、函館、稚内に移り住み、稚内で妻に出会った。 妻の妊娠が分かった時、広島で助けられなかった母子の姿が思い出された。罰があたる。妻が死ぬ。そんな不安がつきまとった。子どもが生まれると、「二度とこんな思いはさせたくない」という気持ちが日増しに強まった。北海道被爆者協会に入り、被爆者の証言集を出版。学校などで「語り部」を続けている。 観光客や市民らでにぎわう札幌市の大通公園。繰り返し噴水を見るうちに、短歌が浮かんだ。 年ごとに 遠くなりゆくわが耳に 消ゆるなき声 水をクダサイ 「あのきれいな水を飲ませてあげたかった」
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