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2018/08/13
BS1 【BSニュース】
西日本豪雨・行方不明者の捜索続く
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原爆の”悲惨さ”や”平和の大切さ” 「若い人たちに語り継ぎたい」 遺族らが展示会 福岡県 (18/08/12 18:15) (再生)
73年前に投下された原爆の悲惨さや平和の大切さを伝えようと、被爆者などによる展示会が福岡市で開かれました。原爆が落とされた広島と長崎の爆心地や、被爆した子供たちの痛ましい姿。福岡市博多区で開かれたこの展示会は原爆の悲惨さを後世に伝えようと、原爆被爆者の会の福岡市の支部が開いたもので、今年で9回目です。会場では広島の原爆で両親を亡くし、被爆直後の街を見た女性が当時を振り返りました。【安部民子さん】「原爆は雷のように落ちたのではなく、落とされたのです少しでも家族の人に、原爆の話をしてほしい」主催者は「活動を通して原爆のことを若い人たちに語り継いでいきたい」と話していました。

墜落した群馬県の防災ヘリ「はるな」を調べる関係者 (再生)
8月10日、群馬県中之条町の山林に墜落した群馬県の防災ヘリコプター「はるな」の機体周辺を調べる関係者。11日早朝から県警や自衛隊、消防などが計約160人態勢で乗員の救助と捜索を実施した。

語り継ぐ戦争 新原爆疎開を経験した高山智さん (再生)
1945(昭和20)年8月、新潟市近郊に縁故疎開していた。6日に広島、9日に長崎に原爆が落とされた後、次は新潟、といううわさが流れた。急に市内の実家に呼び戻され、「もっと安全なところへ行く」と父に告げられ、馬車で郊外の山林の丸太小屋へ疎開した。 実際、8月11日には「全市避難」の知事布告も出されている。市民はパニックになり、道は大混乱。その後、市街地は閑散としていた、という。 僕には、のどかな道を進んだ記憶しかない。軍と関係のあった実業家の祖父の力で一足早く逃げたのか、または一足遅く道が空いていたのか。 大人は心配しただろうが、僕は国民学校2年。丸太小屋生活が物珍しく、野山を駆け、川で泳いだ。農村も人手がなく、放置された野菜や果物が畑で干からびていた。 この疎開騒ぎの意味に気づいたのはずっと後のことだ。 3月の東京大空襲の後、大都市が次々に爆撃され、5月ごろから地方都市が襲われた。新潟県では8月1日夜、第2の都市の長岡市が空襲に遭い、約1500人が亡くなっている。その夜、僕も真っ赤になった空を眺めた。 長岡は43年に戦死した連合艦隊司令長官山本五十六の出身地です。母に連れられ、僕も墓参しており、なじみがあった。母は南方に出征中の父の無事を祈ったらしい。 その長岡まで焼かれ、新潟港には機雷が落とされていた。それなのに、依然として県庁のある新潟の市街地はほとんど空襲されていない。なぜだろう。おかしい。逆に不安の声が広がっていたらしい。そこへ、それまで同じように空襲被害の少なかった広島、長崎がやられ、今度は……、となった。 実際、米軍は6月、原爆の効果を確かめるため、候補地だった京都、広島、小倉、新潟を一般空襲の対象リストから外していた。リストは何度か変更され、最終的に新潟も除かれるのだが、「次は新潟だ」といううわさも根拠なきことではなかったわけだ。 知事布告は市民、重要工場、公共施設を緊急に疎開させる、というものです。「全市避難」の影響は大きく、旧内務省は反対したらしいが、地元の突き上げが強く、知事も決断したらしい。 いくら「徹底抗戦」を叫んでいても、一発でやられては戦争になりませんからね。報道管制があっても、都会のひどい空襲被害は僕らにも伝わってきた。祖父の家に、顔にひどいやけどを負った男性が突然、訪ねてきたことがある。東京大空襲で家を焼かれ、命からがら遠縁の祖父の家を頼ってきた、という。そのまま庭掃除などをして暮らしていたが、僕をみるたび、優しい、でもどこか寂しそうな顔をした。家族のことを思い出していたのだろうか。 「新型爆弾一発で広島はひどくやられたそうだ」。大人たちがひそひそ話していたことも覚えている。東京の大学を出て朝日新聞に入り、定年後、愛知県春日井市の中部大学国際関係学部で教えました。
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