香港富裕層はかつて、中国への返還後の共産党政府による財産没収等のリスクを懸念して、英連邦国のカナダや豪州に資産を移し替えることに奔走した。そしてこの程、中国本土の富裕層が、習近平国家主席(シー・チンピン、69歳、2012年就任)が標榜する「共同富裕(注1後記)」等に伴う資産減少を懸念して、日本や米国等に保有資産を分散し始めている。
12月19日付
『ロイター通信』は、「中国の富裕層、国内資産の減少を恐れて国外逃避を加速」と題して、中国経済の先行き不安のみならず、習近平国家主席が標榜する「共同富裕」政策に伴う国内資産への規制を懸念して、米国他の海外への資産の移し替えに拍車がかかりつつあると報じている。
投資信託運用専門家や金融業界関係者によると、中国の富裕層が米国他の海外への保有資産の移し替えを進めつつあり、2023年には更に拍車がかかるという。
この背景には、新型コロナウィルス感染流行問題に伴う中国政府のゼロコロナ政策等で大きな損失を被ったことに加えて、中国経済の先行き不安やロシアによるウクライナ軍事侵攻に伴う中国への悪影響があるとする。
世界最大の投資ファンド研究所ユーリカヘッジ(2001年設立、本拠シンガポール)の指標データによると、大中華圏(中国本土の他、台湾・香港・マカオ・シンガポール等の総称)における投資信託事業の今年の収益は、国内での時価資産下落や配当等の大幅減少に遭っていることから、11月末現在で▼12.9%も減少していて、このままいくと2011年以来の最低値になるという。
更に、中国の富裕層は、習近平国家主席が標榜する「共同富裕」政策による影響を懸念していて、保有資産の減少を恐れ、米国や日本への資産の移し替えを加速しつつある。
資産運用会社レイリャント・グローバル・アドバイザーズ(2016年設立、本拠カリフォルニア州)の許仲翔会長(ジェイソン・スー)は、“かつて、中国の富裕層は米企業の株式や不動産を買うことはなかったが、今は変化が見えつつある”とコメントしている。
すなわち、大中華圏の富裕層から最近多く照会を受けるのは、米国経済政策や投資規制の詳細であるという。
まず、10億ドル(約1,330億円)以上の資産を運用する香港のファミリーオフィス(FO、注2後記)担当が、『ロイター通信』のインタビューに答えて、昨年末で保有資産の80%を占めていた中国国内資産を3分の1まで減らしていて、今後も更に縮小する意向であると語った。
その上で同担当は、特に日本や米国のエネルギー産業や不動産事業、またベンチャーキャピタルにも投資するようになっていると付言した。
また、同じく10億ドル以上の資産運用を行っている別のFOの担当者は、日本や米国での資産運用を取り進めるべく“かなりの時間をかけて慎重に”検討しているとしながらも、一方で、中国経済の先行き見通しの好転も注視しているとコメントしている。
事情通から『ロイター通信』が得た情報によると、在香港米国領事館が今年10月及び11月、大中華圏のFO担当者らと米国の資産運用会社関係者らを引き合わせているという。
11月の会議には、資産運用会社グリーンライト・キャピタル(1996年設立、本拠ニューヨーク)のデイビッド・アインホーン社長(54歳、同社創業者、リーマンブラザース破綻に関与)及びグーグル元最高経営責任者エリック・シュミット氏(67歳、1997~2011年在任)の資産管理を行うFO経営者のケン・ゴールドマン氏(2006年創業)が招待されたという。
『ロイター通信』の取材に対して、当該領事館は、特別なことではなく、これまでもしばしば米国向け投資や経済状況等を多くの人たちに説明していると回答している。
スイス系UBSグローバル・ウェルス・マネジメント(1862年前身設立)のエバ・リー大中華圏資産運用担当長(2020年就任)は、中国の富裕層は過去数年、国内への投資で多くの収益を上げてきたが、今はそれでは全く不十分であったことに気が付いた、とコメントした。
同氏は、“今年は特に学びの年となっていて、多くの資産家が投資の分散・多様化が重要であると認識している”と言及している。
(注1)共同富裕:習国家主席が2021年8月開催の中央財経委員会で表明した政策で、共通の繫栄を確保するため、過剰な富への規制と中流階級の拡大及び低所得層の収入を増やすことを目指すとしたもの。同国家主席は、2012年就任以来、10年以内に極貧をなくすとの公約を掲げており、それを更に具現化するものである。
(注2)FO:裕福な家族の投資管理と資産管理を扱う非公開会社。一般的に100億円以上の資産を保有する同族及び一族を対象に、投資管理や資産運用などを行い、資産を後の世代に継承し、一族が永続的に繁栄できるよう運営されている。また、有価証券や不動産といった有形資産の管理だけではなく、税金や法律問題の管理、親族間の人間関係の調整、著名全寮制校の手配など後継者育成業務を行うこともある。
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12月15日付米
『Foxニュース』は、「ベトナム、米武器メーカーと折衝の背景に南シナ海で領有権を争う諸島の前哨基地拡充」と題して、長い間南シナ海の領有権問題で対立しているベトナムが、実効支配を強化すべく、南沙諸島(スプラトリー諸島)の複数の環礁を埋め立てて前哨基地を設営しており、これが俄かに米武器メーカーと折衝を進める背景とみられると報じている。
香港メディア『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』紙は12月15日、防衛・国家安全保障問題研究のシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS、1962年設立、本部ワシントンDC)が取り組んでいる「アジア海洋透明性イニシアティブ(AMTI、注後記)」プロジェクトが調査した報告を掲載した。
それによると、ベトナムが2022年後半、領有権問題となっている南シナ海の南沙諸島の複数の環礁を埋め立てて、計170ヘクタール(1,700平方キロメートル)の人工島を建設したという。
埋め立て工事を済ませたのは4つの小島・環礁で、ベトナムが実効支配しているナムイエット島・ピアソン礁・サンド礁・テネント礁である。
特に、最初の2つに造られた人工島は、39ヘクタール(390平方キロメートル)にも広げられていて、大型船が停泊できる港湾設備の建設が可能となっている。
また、ベトナムはその他5つの環礁の埋め立て工事にも着手しているとする。
そのうち、バーク・カナダ礁は既に23ヘクタール(230平方キロメートル)も広げられており、まもなく大掛かりな工事が始められるようになっているという。
かかる建設工事は、ベトナムによる南シナ海領有権問題に関わる大胆な活動と言えるが、中国が2013から2016年の間に実施した、のべ1,295ヘクタール(1万2,950平方キロメートル)に及ぶ人工島建設と比べると見劣りがする。
中国は更に、これら人工島を軍事拠点化して、既に対地・対空ミサイル、電子妨害装置のみならず、軍用機離発着が可能な滑走路まで設営している。
中国はこれらを用いて、米国等が実施している“航行の自由作戦”への強烈な対抗措置を講じたりして、同海域ほとんど全てにおける領有権主張を強靭なものにしつつある。
英国メディア『ザ・ガーディアン』紙は、ベトナムが使用しているのはグラブ型浚渫機であり、“環礁を浅く掘って埋め立てを行っていることから、中国が行った浚渫・埋め立て工事より環礁の破壊度合は少ない”と報じている。
以上より、CSISのAMTI調査報告では、“ベトナムが2022年に実施した小島・環礁埋め立て工事は、南シナ海における領有権主張をより鮮明に表す意図がある”と結論付けられているが、“(この活動に対して)中国や他の領有権主張国がどういう対応を見せるのか、注目していく必要がある”としている。
なお、同海域で他に領有権を主張しているのは、台湾・フィリピン・ブルネイ・マレーシアで、ベトナムと同様中国の一方的な領有権主張に懸念を示しているが、ベトナムが主張するような、どの小島・環礁がどの国に帰属しているかとの見解には賛同していない。
一方、『ロイター通信』は12月15日、米武器メーカーのロッキードマーティン・ボーイング・レイセオン・テクストロン等がベトナム政府と折衝していて、ヘリコプターや無人攻撃機の供給について協議していると報じた。
同報道によると、これらのメーカー代表が、ベトナムが初めて開催した兵器・装備品国際展示会への参加を契機にベトナムを訪問して、軍事装備品提供の交渉を行ったという。
なお、対象品目の無人攻撃機については、今回ベトナムが南沙諸島内に築いた小規模の人工島において、周辺哨戒や対艦攻撃を想定した場合、有力な武器となるとみられる。
同日付欧米『ロイター通信』は、「米シンクタンク、ベトナムが南シナ海領有権主張で実力行使との調査報告」として詳報している。
CSIS調査報告によると、ベトナムが2022年に南沙諸島内に計420エーカー(170ヘクタール)の埋め立て工事を行った結果、同国が直近10年で実施してきた工事と併せて、のべ540エーカー(220ヘクタール、2,200平方キロメートル)にも達したという。
この結果、同国は4つの人工島を建設した上、更に他にも5つの小島・環礁で浚渫工事を展開しているとする。
ただ、“中国が、2013から2016年にかけて実施した広大な埋め立て工事面積の3,200エーカー(1,300ヘクタール、1万3千平方キロメートル)より遥かに狭い”としている。
しかし、“これまで中国が一方的に領有権を主張し、実力行動に出てきていたことに対して、今回のベトナムによる実力行使は、同海域における領有権問題で同国の主張をより強く示すことになる”とし、“今後の中国や他の領有権主張国の行動が注目される”と結んでいる。
(注)AMTI:南シナ海を航行する船舶の船籍を特定したり、中国が進める人工島の建設の様子を追ったりして、分析をウェブサイトで公開する調査プロジェクト。
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