フィリピンのフェルディナンド・マルコスJr.氏(64歳)は先月末、第17代大統領(任期6年)に就任した。新大統領として、米中両大国とどう向き合っていくのか注目されるが、今週、習近平国家主席(シー・チンピン、69歳)の親書を持った王毅外交部長(ワン・イー、68歳、外相に相当、2013年就任)の表敬訪問を受けることから、早速試練を迎えることになる。
7月6日付米
『AP通信』は、「マルコス新大統領、中国外交部長の表敬訪問を受けて綱渡り外交の端緒」と題して、先月末に就任したばかりの新大統領が今週、中国外交部長の表敬訪問を受けることから、早速試練を迎えることになると報じている。
先月末に就任したばかりのフェルディナンド・マルコスJr.新大統領は7月6日午後、中国外交部の王毅部長と会談する。
新大統領は、中国と懸案となっている南シナ海における領有権問題について討議することになろうが、一方で、米中両大国がしのぎを削っている中、どちらからの支援を仰ぐことにするのか、その対応が注目されている。
王部長は、インドネシア(バリ)で開催される主要20ヵ国(G-20)外相会議出席前に、ミャンマー、タイ、マレーシア、フィリピンを精力的に歴訪している。
そして、フィリピン高官によると、同部長の訪問に当たっては、新大統領を中国に招待する旨の習近平国家主席のメッセージを授かってきているという。
一方、マルコスJr.新大統領は会談に先立ち、“中比両国は南シナ海の領有権問題に限らず、他の重要案件についても協議していくことで両国関係は正常化される”と述べている。
ホセ・ロムアルデス駐米フィリピン大使(74歳、2017年就任)は、“マルコスJr.新大統領は、中米両国間の対立に関わり過ぎると落とし穴に嵌る恐れがあることを良く理解している”とした上で、“2年に及ぶ新型コロナウィルス感染問題に伴う都市封鎖措置等による景気低迷から脱し、また、ロシアによるウクライナ軍事侵攻によって引き起こされた世界的影響を和らげるためには、米中両国それぞれとの関係を発展させていくことが肝要だと考えている”とコメントした。
同大使は、新大統領が良く使う表現として、“米中両大国は大きな像であり、2頭が争うことに巻き込まれると、我が国のような草原はたちまちのうちに踏み荒らされてしまう”と言及している。
なお、ジョー・バイデン大統領(79歳)は既にマルコスJr.新大統領を米国に招待する旨公式書簡を送付している。
そこで、フィリピンにとって外交的ジレンマとなるのが、新大統領は米中どちらにまず表敬訪問すべきか、という問題である。
同日付フィリピン『マニラ・ブルティン』紙(1900年創刊)は、「マルコス新大統領、中国外交部長と会談し、農業・インフラ・エネルギー分野での連携につき協議」として、中比間の連携について協議されたことのみ報じている。
マルコスJr.新大統領は7月6日午後、王外交部長とマラカニアン宮殿(大統領官邸)で会談した。
同部長は同大統領を表敬訪問するに当たって、大統領就任の祝辞及び多方面での連携についての習国家主席のメッセージを授かってきていた。
そこで、両者の会談後、マルコスJr.新大統領は、“王部長の表敬訪問を歓迎する旨表明した”とした上で、“両国間の農業・インフラ・エネルギー分野での連携について協議した”とツイートしている。
ただ、大統領府は、両者の協議内容詳細についてはまだ公表していない。
なお、新大統領は7月5日の記者会見で、“南シナ海の領有権問題だけが両国間の話題ではない”とした上で、“文化や教育分野での連携にもっと焦点を当てることになろうし、また、有益となれば軍事的協力も考えられる”と述べていた。
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フィリピンの外相が最近、同国の南シナ海排他的経済水域(EEZ)内に長らく留まる中国漁船団に対して、“消え失せろ”と外交上好ましくない発言をしたことで中国側の反発を買ってしまった。そうした中、今度は就任以来親中派を認ずる大統領が、功を焦ってか同国保健省も世界保健機関(WHO)も未承認の中国製ワクチンを一存で手当てしてしまい、国民から不興を買ったばかりか、当該ワクチンを中国に送り返さざるを得なくなって、中国側に対しても面目を失っている。
5月6日付米
『CNNニュース』:「フィリピン、WHO未承認の中国製ワクチンを早まって手当てしてしまい返送準備」
ロドリゴ・ドゥテルテ大統領(76歳)は5月3日、中国シノファーム(中国医薬集団、1998年設立)製造のワクチンを初めて入手した場面をライブ放送した。
同大統領は、COVID-19感染対策に積極的な姿勢を評価されると期待してのものだが、実際には国民からは逆に大きな反発を買ってしまった。
何故なら、同社製ワクチンは同国保健省傘下認可局の承認が得られていないものだったからである。
そこで止む無く同大統領は在フィリピン中国大使館に対して、シノファーム製ワクチンはこれ以上送付して来ないで欲しいし、受領分を返送させて欲しいと依頼した。
地元メディア報道によると、同大統領は、“国民に接種を促せるシノバック(北京科興生物製品有限公司、1999年設立)が製造したワクチンを送って欲しい”と伝えたという。
実はシノバック製ワクチンは、今年2月に同国認可局が緊急使用許可を下していたからである。
フィリピンにとっての外交上の面目喪失は初めてではなく、今週初め、テディ・ロクシン外相(72歳)が、フィリピンのEEZ内に長らく留まる中国漁船団に対して不適切な表現を用いたことから、中国側の反発を買って陳謝に追い込まれていたからである。
一方、同大統領のシノファーム製ワクチンに対する急な方向転換は、新たな問題を目立たせてしまった。
それは、中国製ワクチンが十数ヵ国で承認を得ているのに、WHOが緊急使用許可を下していないために、フィリピンのような途上国にとって使用が容易に認められないという点である。
具体的には、シノファームが今年3月、フィリピン食品医薬品局(FDA、1963年設立)に同社製ワクチンの緊急使用許可を申請したが、同局の回答は、WHOのような“厳格な審査を行う機関”から承認を得ていない限り無理というものだった。
ただ、WHOが5月3日に公表したところでは、中国2社からの緊急使用許可申請については、“今週末(5月7日)まで”には結論が出せるとする。
これによって、ワクチン手当てが進んでいない国々には朗報とみられるが、懸念されることは、両社のワクチンとも不活化ワクチン(注1後記)であるため、米ファイザー(1849年設立)・独バイオNテック(2008年設立)共同開発したものや米モデルナ(2010年設立)製のmRNAワクチン(注2後記)に比べて実効性が低いことである。
これに関し、疫学者や医療専門家は、西側諸国の製薬会社と違って、中国2社とも最終段階の臨床試験結果詳細とその実効性について情報を公表していないと非難している。
なお、途上国にも満遍なくワクチンが行き渡るようにと、WHOを中心にCOVAXシステム(ワクチン共同購入・分配システム)が立ち上げられているが、同システムで分配されるのがWHO許可済みのワクチンであり、対象となるファイザー・バイオNテック、英国アストラゼネカ(1999年設立)、印セラムインスティテュート(1966年設立)、米ジョンソン&ジョンソン(1886年設立)及びモデルナ製ワクチンは需要過多で供給がひっ迫している。
そこで、今回中国製ワクチンも承認されれば、ワクチン配布量が倍加することになり、フィリピン含めた途上国向けの供給体制が強化されることが期待される。
5月7日付フィリピン『マニラ・ブルティン』紙:「フィリピン政府、シノファーム製ワクチンの緊急使用認可はまもなくと発表」
大統領府のハリー・ローク報道官(54歳)によると、中国シノファームはまもなく、同社製ワクチンの緊急使用許可申請手続きを同国で促進するため専門職員を派遣してくるという。
この直前、ドゥテルテ大統領は、同社から無償で提供された1千回分のワクチンを受け取ったが、同国FDA承認未取得であったことから、中国側に詫びた上で持ち帰ってもらうよう要請していた。
シノファームによれば、同社製ワクチンを2回接種すれば、実効性は79%超となっているという。
そこで、同報道官は5月6日、シノファーム社製ワクチンは世界25ヵ国で認可・接種されているので、同国FDAもまもなく緊急使用許可を下すことになろうと強調した。
なお、同報道官は更に、大統領は同社製ワクチンが未認可であったため、国民への接種を呼び掛けることは止め、入手済みのワクチンの返送を手配しているが、FDAが認可次第、同社製ワクチンの接種を促進していく考えだと付言している。
(注1)不活化ワクチン:細菌やウィルスを殺して毒性をなくし、免疫をつけるために必要な成分を取り出してワクチン化したもの。不活化ワクチンは異物として認識されるのみで感染はしないため、感染細胞はできない。生ワクチンに比べて副反応が少ない半面、体内で細菌やウィルスは増殖せず、液性免疫のみの獲得となり、免疫の続く期間が短い。そのため、一定の間隔で2~3回接種して最小限必要な免疫をつけたあと、約1年後に追加接種をして十分な免疫をつけるものが多い。
(注2)mRNAワクチン:生き物の体や必要な物質全てについての設計図であるDNAの中から、必要となる部分だけを写しとったものがmRNA。mRNAワクチンは、COVID-19の表面にあって、人の細胞に感染するときの足掛かりとなるスパイクタンパク質を攻撃する免疫を獲得するのを助けるはたらきをする。
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