ロシア政府は10月14日、欧米による対ロシア制裁への報復の一環で、サハリン1プロジェクト(注後記)の新たな運営会社を立ち上げ、既存パートナーに同社事業への出資を要求した。日本・インド側とも、これに呼応する意向の模様であるが、石油メジャーのエクソンモービルは、これを拒否しただけでなく、欧州連合(EU)による欧州海上保険会社の付保の禁止措置を支持し、同プロジェクトのロシア地元タンカー輸送会社の付保も拒絶した。この結果、同プロジェクト産原油の輸送タンカーが運送業務に当たれず、今年5月以来全く輸出できない状態となっている。
10月17日付欧米
『ロイター通信』は、「エクソンモービル、サハリン1産原油のロシア保険会社の付保拒絶で輸出ストップ」と題して、ロシア政府が欧米による対ロシア制裁報復のためにサハリン1プロジェクトの権益を一方的に新運営会社に移転してしまったが、肝心の産出原油を輸送するタンカーに関わる海上保険付保について、エクソンモービルが拒絶しているため、全く輸出できない状態となっていると報じた。
エクソンモービルが主体となって運営されていたサハリン1プロジェクトが、今年5月以降、原油輸送が滞り、生産が激減した状態になっている。
理由は、EUが対ロシア制裁の一環で、欧州海上保険会社に付保行為を禁止したことを受けて、エクソンモービル自身が、ロシア側による地元タンカー輸送会社ソブコムフロット(1995年設立のロシア最大船社)への海上保険付保を拒絶したため、原油のタンカー輸送ができなくなっているからである。
同プロジェクト関係者によると、“エクソンモービルがソブコムフロットのタンカー輸送を拒んでいる”とし、“同社が、ソブコムフロットによるロシア地元保険会社への海上保険付保を認めていないことから、インド石油精製所向けのタンカーが出航できない状況になっている”という。
同プロジェクト参画のロスネフチ(1993年設立のロシア最大国営石油会社)は、エクソンモービルの非協力によって、今年5月以降原油生産が全くできないとして同社を非難している。
ロシアの独立系メディア『コメルサント』紙(1990年発刊)が10月17日、エクソンモービルがソブコムフロット社タンカー使用を拒絶しているため、サハリン1プロジェクトの原油生産がほとんど停止に追い込まれていると最初に報じている。
同プロジェクトは、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった2月24日以前には、日産22万バレル(約3万5千キロリットル)であったが、現在は1万バレル(約1,600キロリットル)まで急減している。
なお、ウラジーミル・プーチン大統領(70歳、2000年就任)は今月初め、サハリン1プロジェクトを新運営会社(ロスネフチ子会社)に委ねる旨の大統領令を出し、現権益保有の外国企業に対して新会社の株式を取得するかどうか1ヵ月以内に回答するよう求めている。
一方、エクソンモービルは今年3月に同プロジェクトからの撤退を発表しているが、8月時点では、保有権益30%を“別の第三者”に移管する手続きを進めていると言及するのみで、具体的な譲渡先等は明らかにしていなかった。
同日付ロシア『タス通信』は、「エクソンモービル、サハリン1の新会社移管を受けてロシアから完全撤退」と報じている。
エクソンモービルの広報担当は10月17日、『タス通信』のインタビューに答えて、サハリン1の運営が新たに設立されたロシア企業に移管されたことを受けて、同プロジェクトから完全撤退したとコメントした。
同広報担当は、“ロシア側は2つの大統領令によって、当社のサハリン1プロジェクトにおける権益を一方的に取り消した”とした上で、“かかることから、当社は同プロジェクトから完全撤退した”と言及している。
(注)サハリン1:サハリン州北東岸の石油・天然ガス開発プロジェクト。2006年に輸送パイプライン等が完工し操業開始。権益は、エクソンモービル30%、ロスネフチ20%、サハリン石油開発協力会社(石油資源開発・伊藤忠・丸紅の合弁)30%、インド石油公社20%。2022年3月、エクソンモービルが撤退発表。
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国連総会において10月12日、ロシアによるウクライナ東部・南部4州の一方的な併合宣言を無効とする決議が143ヵ国の賛成で採択された。欧米諸国によって提案された決議案が、これまで最多となる国々によって支持されたことになった。しかし、ウラジーミル・プーチン大統領(70歳、2000年就任)は、依然西側諸国が思うより多くの支持国を保有していることを示す行動に出ている、と米メディアが報じている。
10月14日付
『ニューズウィーク』誌(1933年創刊)は、「ウラジーミル・プーチン大統領、西側諸国が思う以上に支持国保有」と題して、193ヵ国が加盟する国連総会において、実に74%以上の国がロシア非難決議に賛成したにも拘らず、同大統領が依然多くの支持国を抱えていると報じた。
国連総会でこれまで最多となる国から非難決議を受けて四面楚歌となっているウラジーミル・プーチン大統領は、その翌日に中央アジアで開催されたアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA、注1後記)において、加盟国首脳らから暖かく迎えられた。
国連総会は10月12日、ロシアが一方的にウクライナのヘルソン・ルガンスク・ドネツク・ザポリージャ4州を併合するとした宣言を非難し、無効とする決議を143ヵ国の賛成多数で採択していた。
反対したのは、ロシアの他、北朝鮮・ベラルーシ・シリア・ニカラグアの僅か4ヵ国であった。
これに対抗するかのように、プーチン大統領は10月13日にアスタナ(カザフスタン首都)で開催されたCICAにおいて、西側諸国基準で作られた国際秩序から離れて、非西側諸国主体の秩序を作っていくよう強く訴えた。
同大統領は、“アジアのパートナー国の多くが望むように、今こそ我々の欲する国際金融システムの構築が必要とされている”とも言及した。
ロシア国営『タス通信』(1902年設立)は、プーチン大統領が10月14日に初めて開催されたロシア・中央アジア首脳会議においても、“多くの分野で我々が相互協力していこうとする努力を、(西側諸国等)外部から邪魔されてきている”と警鐘を鳴らした、と報じている。
西側諸国に代わる立場を率先して示してきたことから、プーチン大統領は依然西側諸国以外の国々からの信頼が厚い。
特に、ブラジルを含めて中・南アメリカのほどんどの国がロシアを支持しており、対ロシア制裁に賛同しているのはバハマ(1973年英国から独立した英連邦王国)1ヵ国のみである。
ウェズリアン大(1831年創立、コネチカット州在私立大学)ロシア・東欧・ユーラシア研究専門のピーター・ラトランド教授は、南北問題(注2後記)で言及される途上国が、“ロシアのウクライナ軍事侵攻を寛容な目でみていることによって、法に則った国際秩序に悪影響を及ぼしかねない”と憂慮している。
同教授は、“かかる状況下、これら途上国が西側諸国による対ロシア制裁を打ち壊し、ロシアとの交易を更に増やそうと望む姿がより浮かび上がってしまう”と懸念した。
一方、中国及びインドも、プーチンの戦争が始まって以来、ロシアを直接非難することは控えてきていて、そのお陰か、高騰した市場価格より安価なロシア産原油を購入する等、ロシアとの貿易を増やしてきている。
また、プーチンは天然ガス輸出国フォーラム(2001年設立、加盟19ヵ国、本部カタール)において、カタールのタミーム・ビン・ハマド・アール=サーニー首長(42歳、2013年就任の世界最年少の君主)と会談し、エネルギー市場での連携について協議している。
更に、プーチンは、(対ロシア制裁を続ける欧州向け天然ガス供給について)トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領(68歳、2014年就任)と会談して、トルコ経由の天然ガス供給を新たな主要ルートに据えるべく協議している。
西側制裁に苦しむプーチンとしては、トルコがそれに参加せず、むしろロシア・ウクライナ間の仲立ちをしようとしているため、信頼を高めている。
米シンクタンク大西洋評議会(1961年設立)のアルプ・セビムリソイ研究員(2021年より所属の地政学戦略家)は『ニューズウィーク』のインタビューに答えて、プーチンは(その返礼として)“トルコが望んでいる黒海ルートの優越性確保を黙認しようとし”かつ、“天然ガス輸送ルートの確保に協力してくれているトルコに最大限の敬意を払っている”と分析している。
しかしながら、先月辺りから潮目が変わりつつある。
まず、9月にウズベキスタンで開かれた上海協力機構(SCO、注3後記)首脳会議において、インドのナレンドラ・モディ首相(72歳、2014年就任)から直接、“今は戦争をしている時代ではない”と釘を刺され、また、習近平国家主席(69歳、2012年就任)からは、ウクライナ問題で“疑問や懸念”を抱いていると言われてしまい、中国からのロシア支持に限界がきていることが明らかになってしまっている。
更に、ラトランド教授が『ニューズウィーク』のインタビューに答えて、“インド・中国・トルコの首脳は当初、米国不信及び安価なロシア産原油確保との理由より、プーチン支援の気持ちを抱いていた”が、“ロシアが戦争に負け始めていることや、一向に止めずにむしろエスカレートするばかりであることから、それに伴うインフレーションによる世界経済への悪影響を憂慮するようになっている”とコメントした。
その上で、同教授は、“国連総会決議にみられるように、南北問題で言われる途上国が戦争継続に疲れ、一日も早く終戦することを望むようになった”と分析している。
(注1)CICA:1993年に発足した多国間協力組織、もしくは国家連合。1992年10月の第47回国連総会において、カザフスタン大統領ヌルスルタン・ナザルバエフ(現82歳、1991~2019年在任)がアジア全域の相互協力と信頼醸成を目的とする地域フォーラムとして設立を提唱したことに始まる。正規加盟は西・中央・南・東アジア及び中東の28ヵ国・地域、オブザーバーは日本を含む7ヵ国・4機関。カザフスタンのアルマトイに常設事務局が置かれている。欧州安全保障協力機構(OSCE、北米・欧州・中央アジアの57ヵ国が加盟する世界最大の地域安全保障機構)のアジア版との見方がある。
(注2)南北問題:1960年代に入って指摘された、地球規模で起きている先進資本国と発展途上国の間に経済格差が存在しているという問題、及びその問題を解決するという、人類全体に課せられた課題のこと。地球規模の視野でみると、豊かな国々が世界地図上の北側に、貧しい国々が南側に偏っていることからそれぞれ、英語では通常グローバル・ノース、グローバル・サウスと呼ばれる。日本では、「南北問題」という短い訳語が選ばれているが、本来は「南北間の経済格差」が分かりやすい訳。
(注3)SCO:中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタン・インド・パキスタンの8ヵ国による多国間協力組織、もしくは国家連合。2001年に前身となる5ヵ国による組織が上海で設立されたために「上海」の名を冠するが、本部(事務局)は北京。
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